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2008年2月

2008年2月 6日

ぶりしゃぶ

Nさんは秋田出身である.

Nさん
ぶりしゃぶって食べたことありますか?
Sousui
ないですよ.そんなの,前からの富山人は知らん.
Nさん
キリンの宣伝で最近やってて,宴会場に「富山名物ぶりしゃぶやちゃ~」って入ってくるんですよ.
Sousui
そんな富山人はいない.

真面目に,周りの富山人でぶりしゃぶなんて食べたことがある人はいない.氷見あたりでやってるのか??

T課長によると,「ありゃあ,刺身に出来ん悪いブリを仕方なくしゃぶしゃぶにするんであって,とても名物なんて言えるもんじゃあなかった」とのこと.

CMは罪作りだと思った.

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2008年2月 8日

罪と罰(フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー)

どれだったか忘れたが,メグレ物の解説に『罪と罰』の言及があり,以来,いつか読もうと思っていた.

それで最近思い立って,うちの本棚から米川正夫氏訳の文庫を引っ張り出したのだが,読み出してみてしまったと思った.発行日調べたら初版が昭和26年で,うちにあったのは昭和35年の24刷.訳が読みづらいのである.おまけに,主人公のラスコーリニコフの逡巡のみでしばらく続く.何をしようとしているのかはすぐに気がつくのだが,行動と会話と心理のみで,彼がなぜそれを思い立ったのか,彼はどんな状況にあるのかが掴めないままに話が続くので,最初の方を読むのに数ヶ月掛かった.

が,事が起こった後は状況と人物とが増え,最初から続いていた不安と緊迫とを引っ張ったままぐんぐん読める.ラスコーリニコフの友人のラズーミヒンが気持ちのいい人でなあ.あと,ラスコーリニコフの妹のドーニャがまた芯の強い美人でよい.圧巻はやはり最後の第五篇と第六篇.

虚無思想的な話は最近よく見かけるけれど,既に100年以上もも昔に書かれているのだから,何も新しいことはないんだなと思いながら読んでいた.(まさに当時ロシアはニヒリズムの真っ直中だったわけだから,それは当然なのかも知れない)

思うんだが,ラスコーリニコフは自分が犯罪に至った理由は分かっても,我が身を官憲に売り渡した理由は物語の最後まで(いや,最後に至っても)分からなかったのではないだろうか.第四篇の三のはっとする廊下の場面.ここは分かれ目であったように思う.ラスコーリニコフは明かさずに居られなかった.ずっと明かさずに居られなかったのは確かなのだが,好漢たるラズーミヒンにさえ分からせずにいられなかった.彼はずっと揺れ動いているあれは僕が赦しを乞うたんだよと言った次の瞬間には相手を憎悪している.

世間的に言う悪事を悪事と認識している時点で彼は他の人々と変わらない.彼は犯罪による金を賤しいとちゃんと認識している.あの金はさうぢやない、安心しておくれ!と言っているからには分かっているのだ.

ラスコーリニコフはラズーミヒンにずいぶんと世話になっていながら,鬱陶しく思っているし,離れたそうにしている.でも,彼が後を任せるに足る人物であるとは思っているのだ.ラスコーリニコフが打ち立てた論理からすればラズーミヒンは虱の方になるだろうに.そこからして既に価値観にブレがないだろうか?それとも虱は虱で生きて行けと思っていたか?ただ,そこまで見下してはいない.善人であり,建設的である,自分と正反対な陽性の性格が時に嫌悪を呼んだだけなのだろう.

ラスコーリニコフは,そうだな,肝試しと言えば肝試しだったのだ.ずいぶん取り返しがつかない肝試しだ.震えないでいられるということを証明したかっただけという,自分のためだけにだった.

「誰も彼もが賢くなるのを待つてゐたら、それこそ餘り長すぎるだろうつてね」

このラスコーリニコフの論理をざくっと切り捨てるのがポルフィーリイである.

「わたしは全體に、いや文學の愛好者として、あの若々しい熱烈な最初の試作を非常に愛してゐるのです。あれは煙です、霧です、霧の中に絃が響いてゐるのです。あなたの論文は馬鹿々々しい空想的なものです」

ただ,ポールフイリイは小馬鹿にし,冷笑し,あるいは頭から説教するために,そう断じているのではないのだ.その根底に愛情がある.こちらに戻ってこいと手を差し伸べている.本当の意味で生きろと彼は言っている.これまでに、充分生活をしましたか?なのである(この辺りがメグレ物で引き合いに出されていた点だとは思う).でも,ポルフィーリイはラスコーリニコフのだいたいを把握はしたと思うけれど,何もかもを完全に見透かしたわけではないと思う.

もひとつポルフィーリイで好きな言葉を引用する.

「わたしが何者かつて?わたしはもうお了ひになつた人間です、そりやまあ感じもあれば、同情もあり、何かのこともちつとは心得た人間かもしれませんが、しかしもうお了ひになつた人間です」

スヰ゛ドリガイロフは,物語の正に中盤でにこやかな怪人然としてラスコーリニコフの前に現れる.おそらく,彼はいくつも犯罪を犯している.では彼は極悪人であるのかというと,愉快に犯罪を犯す人間でもない.幽霊について語った(くだり)から考えるに,彼は自分を病気だと思っているのだろうと思う.この場合,彼の説から行くと,病気というのは死に近づいた状態である.ゆったりと暮らしているように見えて,実際,ゆったりと生活しているのだろうが,彼は鬱々としているし,漠然と不安を抱えており,完全には幸福でないのを自覚している.自分が得たい物が分かっているのだろう,彼は.だから,得られないとはっきりと自覚した時に全部に始末を付けて回ったのだろうと思う.

この物語の中で私が一番嫌いなのはルージンである.だから,「お前はこれでも恥ずかしくないのかい,ドーニャ」「恥ずかしいわ,兄さん」の会話の辺りはすごく好きで,これで出番は終わりだと思っていたら,まだやらかしてくれて,しかも前に輪を掛けて卑劣な真似をすることに呆れてしまうと同時に,(自分の基準に置いて)下賤と見なした者に対して何をしてもいいと思っているその思考回路が分からない.ラスコーリニコフが苦悩を傲慢で糊塗せずにいられないのに比して,ルージンはこれだけの悪業を仕掛けておいて,何も罰せられないし,自分が悪いとも最後まで考えていない.それが,不思議な気分がした.

カチェリーナ.この人は好きではない.不幸であり同情すべき余地はあるのだろうが,それにしても,自分の手から逃れ去ってしまった陽光に縋りすぎているからだ.立派でいろというのは無理にしても,何も周りを見下そうとしなくてもいいではないか.それさえ止めれば,まだ助けてくれる人もあっただろうにと思わずにいられない.気の毒なのは怯えきってしまった子どもたちである.もっとも,これは葬儀の場面の印象を引っ張りすぎているのかもしれない.なぜなら,それでもカチェリーナの子どもたちは純真に育っているのだし,血の繋がりのない娘も懸命に擁護しようとしていたのだから.

「わたし達はすつかりお前の生血を吸つてしまつたねえ、ソーニャ......」

聖女たるソーニャ.聖女だ,彼女は.

「だってわたし、神様の御心(みこころ)を知るわけに行きませんもの......どうしてあなたはそんなに、訊いてはならないことをお訊きになるんですの?そんなつまらない質問をして、一たい何になさいますの?そんなことがわたしの決斷一つでどうにでもなるなんて、それはなぜですの?誰は生きるべきで、誰は生きるべきでないなんて、一たい誰がわたしをそんな裁き手にしたのでせう?」

「何だつてあなたは、何だつてあなたは御自分に對して、そんなことをなすつたんです!」

ソーニャの台詞は結構名言が多くて心に響く.大人しいと思えて,純粋故に激しい以下の台詞が一番好きだ.

「お立ちなさい!すぐ、今すぐ行つて、四つ辻にお立ちなさい。そして身を屈めて、まづあなたが穢した大地に接吻なさい」

この台詞は日本人じゃ出てこない.

ラスコーリニコフはある意味幸福な人だなあと思う.だって,愛されているじゃないか.家族からも友人からも非常に愛されているじゃないか.わたしが嬉しかったのは,その点である.理論は否定されても,人物自身は否定されなかった,見放されなかった,その点が救いである.

読むまではもっと重苦しくて救いのない話かと思っていたのだが,敬虔な,人間に対する愛情の溢れた物語だなあと考えを改めた.

罪と罰〈上〉 (岩波文庫)

罪と罰〈中〉 (岩波文庫)

罪と罰〈下〉 (岩波文庫)

↑わたしの読んだ旧仮名の米川氏訳は現在だと読みにくいと思うので,江川氏訳を紹介しておく.

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2008年2月 9日

悦ばしき知識(フリードリヒ・ニーチェ)

昨日,『罪と罰』のことを書いていた時に思い出したので,書いておく.

ニーチェと言えばやはりツァラトゥストラかなとは思ったのだが,ツァラトゥストラは長そうで,以前キルケゴールの『死に至る病』で挫折した経験があったので,長いのは止めておこうと思ったのだ.

それで選んだのが『悦ばしき知識』だった.

読んでいたのは一昨年の春頃で,当時,「今ニーチェ読んでる」「また何で?」という会話を友人と交わした覚えがある.いや,短い考察が並んでいる書き方なので,けっこう読めるよ?難しいこと考えなければ,芥川龍之介の『侏儒の言葉』を読んでるみたいな感じで.(趣は違うが)

『罪と罰』を読んでいて思い出したのが,28節「己の最善のもので害をなす」である.『罪と罰』におけるラスコーリニコフは,意識してそれを為している段階で(意識しなければ為すことが出来なかった段階で)既に世に言う「偉人」では無かったのだろうなあと思う.と同時に,偉大な人間達ではない自分としては,勘弁してくれと思うわけだ.多分,世界が動揺したら私は逃げ惑うばかりである.降りかかる火の粉を逃れようと頭を覆い,逃げ惑うばかりである.

さて,私がニーチェの著作の中で『悦ばしき知識』を選んだ理由は,世評でも最も名高い125節「狂気の人間」,そう,「神は死んだ!Gott ist todt!」の件を読みたかったからである.どういう文脈で出てきた言葉なのかを知りたかったからである.

読む前に思っていた背徳的な物,絶望的な物はそこにはなかった.

どちらかと言えば,宗教が形骸化したことの明確な指摘,世人がそれに気づいておらず型ばかりの信仰を口にしていることの指摘であるように思う.しかも,それは嘆きではないのだ.これよりも偉大な所業はいまだかつてなかったなのである.絶望があるとすれば,人々がそれを偉大なことと思っていないことに対する発言者の絶望である.背徳と言い出すよりも,解放された喜び,前に進めという鼓舞,それに乗らない世間への苛立ち,そんなもののように思う.

結局のところ,キリスト教的な世界観を持たない私にはこの言葉が当時与えた衝撃という物は味わえない.またそれは,現代の西欧社会に生きる人々の大部分にも当時ほどの衝撃は味わえないのではないかと少々思う.(西欧社会を知らぬ自分がこんなことを言うのは筋違いだが)

ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識

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2008年2月10日

[ ]内に指定された人を当て嵌め,それでも愛せるか!バトン

群青さんから「ゼンガー・ゾンボルトもしくはレーツェル.イルイ嬢含む可」で回ってきました.しかし,君,ゼンガー知らんやろ.しかも何故にレーツェルなのかね.

まあ,もらったからには受けてたつ.「『もしくは』って書いてありますぜ,旦那」とかいう空耳が聞こえるけど,気にしない.

最初から趣旨が違ってきそうな予感がふんぷんとする.

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2008年2月17日

アップルシュトゥルーデル

ゲームに出てきて以来,大変気になっていたアップルシュトゥルーデル(原語だとアプフェルシュトゥルーデルと表記した方が発音は近い).『My Favorite Things』にも出てくるので,多分,オーストリアのお菓子としては有名なのだろうが,実物を知らない.そこで,2月14日に東京日帰りすることになっていたので,探してみることにいたしました.

勝負は用務が終わってから最終の新幹線が出る20時12分までの2時間弱.まずは当たりを付けていた銀座松屋の地下1階.果物屋で有名なタカノへ.が,有りません.メニューすら有りません.季節メニューだったのか,そもそも既にメニューから消えたのかは分かりません.ついでに周りの洋菓子屋をさ迷ってみたけど,有りません.

ドイツ菓子なんてポピュラーじゃなさそうだしなあ,きっといかにもそういう店じゃないと無いんだ,と今度は三越へ.ここの2階にカフェ・ヴィーンという喫茶店があります.行ってみると,ショーケースの料理を片づけようとしていたので焦ったのですが,食事は終わったけど,喫茶は20時までとのこと.よっしゃ,必中熱血突入!(必中も熱血も要らん)

メニュー開けてApfelstrudelの文字を見つけた時は,ほっとした.

コーヒーの方が強い店らしいのですが,ゲームの通りに(嘘.自分の好み)紅茶で.ダージリンではなく,Tee mit Brandy.ゼンガーには飲めない.(ゲームでもゼンガーはアップルシュトゥルーデル食ってないだろうけど)

刻んだリンゴを包んで焼いた感じでしょうか?アップルパイみたいですが,皮はしっとりしていて,思ったより薄かったです.付け合わせの生クリームは甘くなくて良かったです.

「持ち帰れますか?」と訊いたところ,「持ち帰れます」との返事.喜び勇んで5つほど買おうとしたら,もう3つしかなかった.いいよ,全部買い占めるよ.実は,勤務先のNさんに土産にすると約束していたのである.

店員さん
帰るまでどれぐらいかかりますか?
Sousui
え......けっこう......(富山だしなあ)
店員さん
ドライアイス,2時間ぐらいしか保ちませんよ.

死んでくれ,Nさん!

東京駅にはギリギリに着きました.3時間半掛かって帰ったわけですが,辛うじてドライアイスは残っていました.重畳.

次の日,3人に食べさせましたが,誰も死にませんでした.良かった良かった.

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2008年2月19日

グリーンジャンボ

Sousui
グリーンジャンボって何がグリーンなの?
植木鉢.
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いとこの中で一番背が低い

Nさん
俺の息子,「いとこの中で一番背が低い」って悩んどって.
Sousui
息子さん,何センチなんですか?
Nさん
185cm

周りデカ過ぎ.

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2008年2月23日

「SRW」更新

SRW」内に『スーパーロボット大戦 Original Generations』のOG編プレイ日記を格納しました.OG2編はまた今度.

こないだやっとのことでOG2までクリアしましたが,OG2.5に行くべきか,いっそのことOG外伝に行くべきか思案中です.思案中のままにシャッフルバトラーなんかやって時間が経っている自分に気がついたりします.

ところで,フリーバトルでメイン=零式(零式斬艦刀),サブ=参式(参式斬艦刀),援護1=スレードゲルミル(斬艦刀),援護2=ダイゼンガー(斬艦刀・雲耀の太刀)にして,アードラー in グレイストークを撃墜して遊んでみたりした刀バカは私の他にいないでしょうか.いると言ってくれ!!

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2008年2月24日

「SRW」更新

SRW」『己の傷の下に恢復せよ』第九章始動.というか,さわりだけ.冒頭はグルタフ・マーラーの交響曲『大地の歌』第1楽章で使われている歌です.おおもとの原詩は李白です.なんてゼンガーに似合わない!ただし,ベートゲによるドイツ詩は自由に翻案してあるので,これはベートゲの詩と言ってもいいのでしょう.さらにマーラーが手を加えているらしいですが,『大地の歌』ってところがそそりません?

なんでこの刀かと言えば,昔々やっていた『三匹が斬る!』という時代劇の中の久慈慎之介(役所広司)が好きだからで,この人の愛刀がそれなのです.ちなみに千石こと久慈慎之介は示現流.もっとも,私はゼンガーは自顕流の方が似合ってるよなあと勝手にそういう描写にしている部分があります.

ところで,この話,下書きは10章まで上がっているのですが,11章以降の構成が定まっていませんでした.いや,これ,一発ネタなもんだから,ついつい「こーゆー場面も」「あーゆー場面も」と場面だけチマチマ書きためていたら,どう繋げてどう伏線処理していいか分からなくなってしまったんですわ.いつもは場面メモってても「この場面はこの辺り」というのを見通して書いているので,中間繋げばできあがるんですが.

それで,昨日から今日に掛けて,ハサミと糊まで使って,やっとこさ整理して構成し直しました(いつもはそんなことしない).その結果,気が遠くなったけどな.多分,18章前後になるはず.……書き上がるのか?

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